苺とメロンの魔性

10月も終わりに差し掛かる肌寒い夜。
国民的スター声優かつ宝石が丘学園講師である荒木冴は、執務室で作業をしていた。日中は騒々しいくらいに賑やかな校舎だが、いまは生徒の気配もなく、秋風が窓を叩く音に意識が向くほどだ。

グラン・ユーフォリアが劇的な復活を遂げて半月ほど経った。宝石が丘学園には入試に関する問い合わせが相次いでおり、講師陣は本来の職務にプラスして慣れない対応に追われている。注目すべきは女子生徒やその保護者からの問い合わせが格段に増加していることだ。

入試の結果次第とはいえ、来年度以降の男女比率が大きく変動するのはほぼ間違いない。事務方では学園近辺に一時的に女子寮を借り上げるなどという案も出ているらしい。荒木はと言えば、自らの執務室で書架とデスクを往来しては、女性声優の育成を意識した台本を探し出す作業を繰り返している。ついには視界に飛び込む文字が二重にぼやけてきて、荒木は眉間をつまんで揉みほぐす動作をした。

「っあ〜……さすがにダルい……」

首をこきこき鳴らしながら悪態をつく。しかし腐ってばかりでは仕方ない、これらは"彼女"にとっても歓迎すべき展開だ。男子ばかりの学園でうまくやってはいるが、同性のライバルも友人も居るに越したことはない。
荒木自身も多忙な中、《学園唯一の女子生徒》と《思春期真っ盛りの男子生徒ら》の間にトラブルがないよう見守る役割があったが、お役御免となりそうだ。来春以降に彼女と隣室になる可能性はないに等しい。

互いの部屋を隔てた壁に、2回の素早いノックを3セット繰り返す。荒木と彼女、どちらかが仕事やら趣味やらに没頭していれば聞こえない。都合が悪ければ聞こえないふりをしてもいい。お互いが会いたいと願っているときにだけ通じるサインは、半年を待たず使われなくなる。

(いかん、いかん。感傷的になっちまってるな……それどころじゃねーってのに)

ここが校舎の執務室でよかった。個人情報保護などともっともらしい言い訳をつけたが、学生寮に仕事を持ち帰れば魔が差しそうになる。窓を叩く風の音が気になってしまうのは、無意識にあのノックを求めているからだ。何とも言えない気分を紛らわそうと、デスクの上にある飴の袋をがさごそ漁った。引き当てたメロン味の個包装を破って口に放り込む。

――コンコン、コンコン、コンコン……

2回の素早いノックを3セット。幻聴だろうか。そうに違いないと言い聞かせながらも、荒木の足は廊下につながるドアへと向かう。ちらりと壁時計に目をやれば、寮の門限も近い時刻だ。無言で開いた扉に「わっ?」と驚きながら顔を覗かせたのは、幻ではない彼の恋人だった。

「遅くまでお疲れ様です。あの、よろしかったらこれ、差し入れです」

特待生はラップに包まれたおにぎりと保温ジャーを差し出す。「飴とカフェインは自主的に摂取されてると思って。あっ、これの中身は豚汁です」

とうに限界を超えて忘れかけていた空腹感がみるみる蘇る。千切りの生姜がアクセントになった具沢山の豚汁。あれは美味い。肉の脂身が多すぎても少なすぎてもダメ、そこが彼女のこだわりポイントらしい。ラップに包まれたおにぎりからは香ばしい匂いがする。ほんのりお焦げが透けて見えるところから察するに、鍋で炊いた飯だろう。

「ああ、美味そうだな。あとでありがたく頂くよ」

包みを受け取るとデスクに置く。ほんの少し指先が触れただけで暴れだした心臓を悟られないように平然と。

「悪いな。いま食ったら確実に寝落ちしそうでよ」
「そうなんですか。毎日お疲れ様です……」

温かい豚汁など口にしたが最後、気がつけばハンモックの中とは言えど、せっかくの差し入れに気が咎める。彼女のほうから今すぐ食べてなどとは口が裂けても言わないだろう。「仕事と私、どっちが大切なの」なんて言わせるに至っては、青柳帝の口からパンツという単語を封じるのと同義である。

甘えてほしい、わがままを口にしてほしいと願うのは無い物ねだりだと知っている。けれど、このまま互いに物分かりの良い恋人を演じ続けて、無数の気遣いの果てに本質を見失って、すれ違いを生む日が来るやもしれない。それが怖い。

「差し入れ、ありがとな。けど、こんな時間になるくらいなら次からはやめとけ。嬉しいより心配のが強くなっちまうからな。門限破りの原因が俺ってのも具合が悪いもんだ」

いくら学園敷地内とは言え、女子ひとりに夜の道を帰らせる事態は避けたい。大切な恋人ならば尚更。荒木は言葉を選びつつ、感謝と憂慮を伝える。特待生は気まずそうに笑って頬を掻いた。

「そうですよね、すみません。気をつけます。……実は、この時間に合わせてわざと作ってきたんです。じゃないとここに居座ってしまいそうですから……っ?」

はにかむ彼女を気がつけば抱き寄せていた。鏡で確認するまでもなく自分が緩み切った顔をしているのだと分かって、それを見られるのが照れ臭かった。わざと門限ギリギリに執務室を訪れたのはそういうわけか。荒木に会いたい気持ちと、邪魔せぬよう堪える気持ちとを、ずいぶん葛藤させた上でここに来たのだろう。胸が踊るようで、それでいてチクチクと痛い。力任せに抱かれて息苦しそうな彼女が、荒木の胸に埋もれた顔を上げる。視線が重なり、すぐに唇が重なる。

「んっ……」

あの日と似ている。グラン・ユーフォリアの翌日、特待生と連れ立って杉石珪の墓参りに出かけた。墓前で手を合わせるうちにこみ上げる涙を隠すため、隣に立つ彼女を抱きしめた。傍にいてくれと本音が零れた。返事も待たずに強引に口付けた。結果、思いが通じ合ったことは至福の喜びではあるが、少なくとも彼女が卒業するまでは講師と生徒の距離を保つ覚悟でいたのに。いや期限を切らねば我慢ならぬ時点で、既にどうしようもなく彼女に惹かれてしまっていたのだろう。

「っん、ん……む?」
「手土産だ。美味いだろ?」

正確には口土産(?)か。突然に飴を口移しされて、特待生が目を白黒させている。

「なんだよ、要らねーなら返してもらうぞ?」
「べつに、要らないなんて……んんっ、んー!」

もう一度唇を重ねると、彼女の口内から飴を絡め取る。

「……んっ、やあ……め」

特待生がつま先立ちで首にしがみついて、負けじと荒木の口を探る。荒木もこれはしめたとばかり、からかうように飴を口元まで移しかけて誘い込んでは、左右に寄せて隠したりする。特待生の必死さと可愛らしさに思わず鼻の奥で笑みが漏れれば、余計にムキになって深くまで舌を差し込み、口の端から唾液がこぼれそうになれば、貪欲にじゅるりと舐めとる。どちらかと言えば受け身なキスが多いのに、飴に意識を取られているのか、言い訳があることに安心するのか、普段より積極的になっている。むず痒いので苦手なんです、といつもなら拒否されている上顎を舌先でなぞっても嫌がらない。頬を包み込むように撫で、さらさらの髪を指で梳く。可愛い、可愛い、可愛い。この飴1個が溶けきるまでは触れ合うことを許してほしい。夢中で貪り奪い合ううちに、緑色の塊は跡形もなく溶け切ってしまった。

(あー……これは、無理だ)

ぼーっと熱に浮かされた特待生の手を引き、革張りのワークチェアに座らせると、忠誠を誓う騎士がごとく恭しく跪いた。後ろ手でデスク上の飴を探り、個包装を咥えると食いちぎって口に含む。うつろな目で疑問符を浮かべる彼女から、ガラスの靴ならぬスニーカーをひょいひょい脱がせて床に置き、両足を左右のアームレストの上に乗せた。特待生がスカートのまま大きく脚を広げて荒木の目の前にあられもない姿をさらすまで、わずか十数秒。

「やあっ!?先生、何して……ッ!」
「まあまあ、先生に任せなさい」

片膝立ちをする荒木の眼前に、レースで縁取られた淡いピンクの布地がある。秘部全体を覆うようにそっと手のひらをあてがうと、温もりを感じた。女の子らしい柔らかさとふかふかした手触りが心地よく、劣情抜きにしても愛らしい。ぬいぐるみの癒やし的な安心感とでも言おうか、漫然と撫でさすっていたい気持ちもある。

「……っつーわけにもいかないよなあ」

アレキサンドライトは気まぐれに色を変え、にやりと笑みを浮かべて下着をずらした。荒木の視界が途端に生々しく艶めく。

「やだ、やだやだ荒木先生!ここ、明るい、っというか校舎ですよ!」
「安心しろ、俺ら以外誰もいやしねーよ」

ちゅ、と口付けて割れ目に飴玉をあてがった。舌先で押し込むといとも簡単に飲み込まれる。染み出すほどではないが中は完全に潤んでおり、そこからは特待生の味がする。先ほどのキスで彼女も感じてくれたのだと思うと素直に嬉しい。

「や、先生。な……にを」
「おいおい。ダメだぞ、今度こそしっかり寮まで咥えていけよ」

飴を挿れたまま下着を被せると、ぽこんと丸い塊が浮き出る。指でうずめてやれば、ちゅるんと控え目な音を立ててまた表面まで戻ってくる。人差し指を添えて押しこんでは引いてを繰り返す。

「……っは……やぁ、せんせい、動かしちゃ……」
「ははっ、お前が締め付けるからだろ」

ちゅぷ、じゅぷと出し入れのたびに水音は増して、鼻先に甘い香りが漂った。溢れ出た蜜が下着にみるみる染みを広げていく。

「なあ、ふだんの優等生ぶりはどうした。このままこっちのお口でしゃぶり続けたら飴がなくなっちまうぞ、ん〜?」

ふるふる首を振りながら、いじわるしないでくださいと特待生が懇願する。

「だっ、て……こういうの、私ばかり変になって、先生は冷静なままなの、いや……」
「そういうんじゃねえんだけどなあ」

可愛い恋人にご奉仕したいときもある、これは別腹だと話したところで理解されるだろうか。再び下着をずらして彼女の秘部を露出させると、溢れ出した蜜をじゅるじゅる吸い上げた。果実としての苺ではない、イチゴ味の甘酸っぱい香料が特待生の味と交じる。「いい味だ。やらしいな」幾度となく挿入しても、きゅうきゅうと締め付ける動きで赤い飴玉が秘裂からのぞき、荒木がそれを舐め上げて淫靡なキャッチボールが続く。指で割れ目を上下になぞりながら、舌で刺激する範囲も広げていく。

「あん、っ……せんせ……。せんせ……っ!」

陰核にぢゅっと吸い付いてやれば、太ももを引きつらせて軽く達してしまったことがわかる。甘いだけの疼きに耐えかねたか、白のハイソックスに包まれた爪先がもどかしげにアームレストを引っ掻く。

「っう……せんせ、も、……お願い……中も、奥までぇ、さわってください」

愉悦の笑みを浮かべて荒木は飴を噛み砕いた。ざらつく欠片がまとわりついた舌で舐め上げられ、特待生が悲鳴に近い嬌声を上げる。2本の指先を入り口にあてがえば、そこは震えながらきゅうきゅうと収縮を繰り返している。弄りすぎたなあ、と楽しげにねじ込んだ指を交互に弾いたり捻りを加えたりして動かす。先程までひゃんひゃんと鳴いていた特待生が、待ち望んだ刺激に恍惚の溜息を漏らして身をよじる。

「あ、ああ……はあぁ……」
「ははっ。まったく、素直で可愛いねぇ……」

ぴっとりと指に吸い付く内側が健気で、だからこそ手酷く壊してしまいたいとも思う。主導権を握っているようでいて、どっぷり溺れているのは自分のほうだ。飴玉2個分の逢瀬。持て余した寂しさを解くように荒木は指の動きを強めた。

◇◇◇

「さーてと。次は何味にすっかな」

たっぷり残量のある大袋をつまみ上げ、吟味する素振りを見せた荒木の頭上に踵落としが決まった。不貞腐れながらも身体を起こし、ウェットティッシュで座面を拭いているところが、なんというか彼女らしい。そういうところだ。

「……っ、からかわないでください。完全に門限過ぎてます、ああもう反省文提出ですよ!」

きっと荒木を睨みつけた特待生は「無理はしないでくださいね」と表情と真逆の言葉を吐いて、執務室を出ていった。情事の震えが残って覚束ない足音が廊下から消えていく。

「さーて、可愛いカノジョのためにも、もうひと頑張りだな」

むくれて尖った唇の鮮やかさが目に焼き付き離れない。未練を断ち切るようにかぶりを振って、荒木は台本をめくり始めた。

あなたのいいねが励みになります