ホットスナックあたためますか?
「宝石が丘学園ラジオ、今日はRe:Flyの5人がお届けするぞ!」
収録ブースに青柳帝の溌剌とした声が響く。
「まずはリスナーの皆さんの質問にお答えしていきましょうか」
「ええと……じゃあ最初の質問はこの『皆さんの好きな食べ物が知りたいです』からいきましょうか!ちなみに俺は金平糖、夜空の星みたいにキラキラして大好きなんだ」
宙の声はそれこそ星々のように輝いて電波に乗り、数多くのファンの元に届くのだろう。グラン・ユーフォリアの復興を経て、SNSでもリスナーの反応が爆発的に増えた。新規リスナーへの配慮も踏まえ、以前どこかで答えたような内容もバランスよく織り交ぜながら収録が進む。
「私は……”誰かの作ってくれたご飯”ですかね」
コスモの回答を耳にした帝がにんまりと彼の脇を小突く。
「コスモ、コスモ。遠慮しなくていいんだぞ。はっきりと、俺の作った料理が好きだと言ってくれても!」
「ふふ。そうですね、いつもご相伴にあずからせていただきありがとうございます」
「ミカさんの腕はプロ級っすもんね!めっちゃいろんなジャンルの厨房でバイトしてるし」
「それならこんな質問も来ているぞ」立夏が首尾よく次の質問を読み上げる。「『バイト経験が豊富な帝くんの、初めてやったバイトはなんですか?』だそうだ」
「おお、質問ありがとな。聞いて驚け!初めてのバイト先はあーーー……コンビニだ!!」
「もったいつけた割に、定番中の定番だな」
「意外っちゃ意外っすよね。つか俺も初めて知ったかも〜」
「カッカッカ!頼れるリーダーの新たな一面を知ったな。ちなみに俺の今日のパンツの色だが────」
「次の質問いきましょう」
◇◇◇
その日、15歳の青柳帝は”肩の荷が下りる”感覚を身をもって体感していた。
--------
青柳帝 殿
上記の者について宝石が丘学園高等部への入学を許可する。
なお考査の結果、本校における奨学生制度の利用を許可する。
--------
十王子駅のホームで帰りの電車を待ちながら、合格通知を読み返す。学科試験の手応えはあったものの、声の演技についてはまったくの独学で入試に臨んだ。ボイトレの受講費はおろか、入学後の授業料や寮費も支払える見込みのない状態で受験を決めたのだ。狙うは奨学生合格ただ一択。
極めて困難な試練、一縷の望みが繋がり帝にとっての新しい春がついに始まる。4月からは学生寮に寝泊まりをすることになるのだ。受験合格で下ろした荷物とは別の重みがのしかかるのを感じる。
人付き合いに関しては器用に立ち回れる自負はあるし、そもそも自ら望んで進んだ声優への道だ。だが、いまや唯一の肉親ともいえる父親の元を離れるという事実は帝を妙に心細くさせた。
緊張に反してぐうと腹が鳴った。けさの朝食は満足に喉を通らず、かといって都内で外食するだけの金銭的余裕もない。握り飯の一つでも持ってくるべきだったと後悔するも空腹は収まらない。
ポケットから手縫いの小さな巾着袋を取り出し、中身を手のひらに広げた。チャリチャリと音を立ててわずかばかりの小銭を数えれば、十王子から自宅への電車賃を支払って微々たる額しか残っていない。それでも帝にとっては貴重な金銭だ。溜息を漏らしながらも硬貨を握りしめ、帝の足は改札内にあるコンビニへと向かっていた。
「いらっしゃいませ〜」
自動ドアをくぐってすぐ、その声に出迎えられる。レジの内側で人の良さそうな中年男性が軽く微笑んでいた。彼の傍らにはホットスナックの什器が置かれている。店のピーク時間を外れているのか、什器には一つの唐揚げだけがぽつんと収まっていた。
帝には高度な自炊能力がある。惣菜というのは総じてコスパが悪いから手を出すことはない。
「……唐揚げ、ひとつお願いします」
「温めますか?」
「ああ、はい。……お願いします」
だとすれば、帝が自らの行動原理に合わないことをしている理由はなんだろうか。
「お先にお会計失礼しますね。54円になります」
空腹と心細さに、男性の声がやたらと優しく響いたから?少しだけ父親の面影を感じ取ったから?
「54円ちょうどあります。細かくてすみません」
「いえいえ、助かりますよ〜」
どこかで訪れる誰かのために用意されて、什器に収められた唐揚げが、なんだか帝を待っていたように思えてしまったから?かつて雅野家の子息のため用意された、贅を尽くした品々よりも温かく感じてしまったから?
電子レンジから取り出された唐揚げを受け取りながら、帝は店内を見渡した。
「あの……こちらでアルバイトは募集されていますか?僕、この春から宝石が丘学園に入学するんです」
◇◇◇
3年前の春を回顧しつつ、19歳の青柳帝はバイト終わりのコンビニで唐揚げを一つ購入した。
きっとあの日のホットスナックが帝にとって”ちょうど良かった”のだ。マニュアル通りの接客文句と、不特定の誰かに用意された食事がちょうど心地よかった。
誰かの作った料理が好きだというコスモ。彼の生い立ちから幾ばくかの察しはつく。それでも彼の何もかもを知っている訳ではない。コスモに限らず、Re:Flyのメンバー誰に対しても同じだ。それでいいと帝は思っている。全部をさらけ出さなければ不安になるほど5人の絆は脆くない。
あの時の帝自身に教えてやりたい。なあ、じきにお前は顔の見えない冷たい声に翼をもがれる。そのまた少しあと、ホットスナックよりずっと温かい場所を手に入れる。新しい翼にくるまれて、また何度でも羽ばたく力を手に入れるんだ。
初めてのバイトにコンビニを選んだ理由、今夜あいつらに話してみるかなどと考えながら、帝は学園寮へと歩き始める。鶏肉が口の中でほろりとほどけた。
収録ブースに青柳帝の溌剌とした声が響く。
「まずはリスナーの皆さんの質問にお答えしていきましょうか」
「ええと……じゃあ最初の質問はこの『皆さんの好きな食べ物が知りたいです』からいきましょうか!ちなみに俺は金平糖、夜空の星みたいにキラキラして大好きなんだ」
宙の声はそれこそ星々のように輝いて電波に乗り、数多くのファンの元に届くのだろう。グラン・ユーフォリアの復興を経て、SNSでもリスナーの反応が爆発的に増えた。新規リスナーへの配慮も踏まえ、以前どこかで答えたような内容もバランスよく織り交ぜながら収録が進む。
「私は……”誰かの作ってくれたご飯”ですかね」
コスモの回答を耳にした帝がにんまりと彼の脇を小突く。
「コスモ、コスモ。遠慮しなくていいんだぞ。はっきりと、俺の作った料理が好きだと言ってくれても!」
「ふふ。そうですね、いつもご相伴にあずからせていただきありがとうございます」
「ミカさんの腕はプロ級っすもんね!めっちゃいろんなジャンルの厨房でバイトしてるし」
「それならこんな質問も来ているぞ」立夏が首尾よく次の質問を読み上げる。「『バイト経験が豊富な帝くんの、初めてやったバイトはなんですか?』だそうだ」
「おお、質問ありがとな。聞いて驚け!初めてのバイト先はあーーー……コンビニだ!!」
「もったいつけた割に、定番中の定番だな」
「意外っちゃ意外っすよね。つか俺も初めて知ったかも〜」
「カッカッカ!頼れるリーダーの新たな一面を知ったな。ちなみに俺の今日のパンツの色だが────」
「次の質問いきましょう」
◇◇◇
その日、15歳の青柳帝は”肩の荷が下りる”感覚を身をもって体感していた。
--------
青柳帝 殿
上記の者について宝石が丘学園高等部への入学を許可する。
なお考査の結果、本校における奨学生制度の利用を許可する。
--------
十王子駅のホームで帰りの電車を待ちながら、合格通知を読み返す。学科試験の手応えはあったものの、声の演技についてはまったくの独学で入試に臨んだ。ボイトレの受講費はおろか、入学後の授業料や寮費も支払える見込みのない状態で受験を決めたのだ。狙うは奨学生合格ただ一択。
極めて困難な試練、一縷の望みが繋がり帝にとっての新しい春がついに始まる。4月からは学生寮に寝泊まりをすることになるのだ。受験合格で下ろした荷物とは別の重みがのしかかるのを感じる。
人付き合いに関しては器用に立ち回れる自負はあるし、そもそも自ら望んで進んだ声優への道だ。だが、いまや唯一の肉親ともいえる父親の元を離れるという事実は帝を妙に心細くさせた。
緊張に反してぐうと腹が鳴った。けさの朝食は満足に喉を通らず、かといって都内で外食するだけの金銭的余裕もない。握り飯の一つでも持ってくるべきだったと後悔するも空腹は収まらない。
ポケットから手縫いの小さな巾着袋を取り出し、中身を手のひらに広げた。チャリチャリと音を立ててわずかばかりの小銭を数えれば、十王子から自宅への電車賃を支払って微々たる額しか残っていない。それでも帝にとっては貴重な金銭だ。溜息を漏らしながらも硬貨を握りしめ、帝の足は改札内にあるコンビニへと向かっていた。
「いらっしゃいませ〜」
自動ドアをくぐってすぐ、その声に出迎えられる。レジの内側で人の良さそうな中年男性が軽く微笑んでいた。彼の傍らにはホットスナックの什器が置かれている。店のピーク時間を外れているのか、什器には一つの唐揚げだけがぽつんと収まっていた。
帝には高度な自炊能力がある。惣菜というのは総じてコスパが悪いから手を出すことはない。
「……唐揚げ、ひとつお願いします」
「温めますか?」
「ああ、はい。……お願いします」
だとすれば、帝が自らの行動原理に合わないことをしている理由はなんだろうか。
「お先にお会計失礼しますね。54円になります」
空腹と心細さに、男性の声がやたらと優しく響いたから?少しだけ父親の面影を感じ取ったから?
「54円ちょうどあります。細かくてすみません」
「いえいえ、助かりますよ〜」
どこかで訪れる誰かのために用意されて、什器に収められた唐揚げが、なんだか帝を待っていたように思えてしまったから?かつて雅野家の子息のため用意された、贅を尽くした品々よりも温かく感じてしまったから?
電子レンジから取り出された唐揚げを受け取りながら、帝は店内を見渡した。
「あの……こちらでアルバイトは募集されていますか?僕、この春から宝石が丘学園に入学するんです」
◇◇◇
3年前の春を回顧しつつ、19歳の青柳帝はバイト終わりのコンビニで唐揚げを一つ購入した。
きっとあの日のホットスナックが帝にとって”ちょうど良かった”のだ。マニュアル通りの接客文句と、不特定の誰かに用意された食事がちょうど心地よかった。
誰かの作った料理が好きだというコスモ。彼の生い立ちから幾ばくかの察しはつく。それでも彼の何もかもを知っている訳ではない。コスモに限らず、Re:Flyのメンバー誰に対しても同じだ。それでいいと帝は思っている。全部をさらけ出さなければ不安になるほど5人の絆は脆くない。
あの時の帝自身に教えてやりたい。なあ、じきにお前は顔の見えない冷たい声に翼をもがれる。そのまた少しあと、ホットスナックよりずっと温かい場所を手に入れる。新しい翼にくるまれて、また何度でも羽ばたく力を手に入れるんだ。
初めてのバイトにコンビニを選んだ理由、今夜あいつらに話してみるかなどと考えながら、帝は学園寮へと歩き始める。鶏肉が口の中でほろりとほどけた。
あなたのいいねが励みになります