宝石の小枝

05

「おーい。特待生、メシまだなら一緒に食べようぜ」
 朝の食堂に入ってきた彼女に手を振ると、ぱあっと笑顔を浮かべて振り返してくれた。カウンターでおばちゃんから焼き魚定食を受け取って、特待生が俺の向かいの席に腰を下ろす。
「七緒くん、おはよう。 呼んでくれてありがとう」
「うん。千紘さん、今日は朝から仕事だからね~」
 さりげなく、ごくさりげなく、周囲にも聞こえるように誘った理由を説明する。それにしてもクラスのやつら、初めての女子生徒だからって緊張して、ずっと傍観にまわってたくせに。俺が勇気振り絞って特待生を食事に誘った途端に、我先に特待生に声かけはじめてさ。チキンレースじゃないっつーの!
「この西京漬け、美味しいね。ん~、宝石が丘学園の食堂は美味しい! 七緒くんは中等部から三年間ずっとこれ食べてるんだよね。羨ましいな」
 メシ食ってるときの特待生は、めちゃくちゃ幸せそうだ。色とりどりのフルーツとクリームたっぷりのスイーツとか、そんなんじゃなくてもかわ……うん、うまそうだよね。
 特待生のいう通り、俺は小学校を卒業してすぐ宝石が丘学園の学生寮で生活を始めた。だからいわゆる女子との関わりってほとんどないんだ。仕事はほら、演じるキャラの中で関係性が決まってるから楽なんだけど、吉條七緒として女子と話す機会ってなると全然。入学式のときはさ、学園生活初の女子生徒がすぐ近くに座ってるからドキドキしてたんだ。なんかいい匂いがする~って央太は言ってた。央太の嗅覚は動物並みだけど、そのときばかりは俺も特別いい匂いがしたような、してないような。
 ああ、あと休憩時間に冴先生に呼び出されて、戻ってきたとき放心状態になってて、ちょっとちょっと先生何したんだよ?って気が気じゃなかったな。あれ、グラン・ユーフォリアの総指揮をやれって話だったんだろうね。そりゃ放心もするわ……。
 そうそう、それでこの前、特待生がPrid'sにグラン・ユーフォリアへの協力を要請してきたとき、最初から俺には結果が見えてたんだ。千紘さんモモくん葵先輩は絶対アウト。俺が賛同したところでどうにもならないって。だから俺自身は答えを曖昧にして逃げたんだけど。その夜、廊下でばったり会ったとき「七緒くん、私がこうなること知ってたんだね」って言われて。あのときの顔、あれ特待生さ、どんな顔か自分でわかってた? 目をウルウルさせて、への字になりそうな唇を震わせながら、必死に笑顔にしようとしてて。頭の中、真っ白だよ。ああ終わった。見損なわれた~って。それなのにすっとぼけちゃえる俺ってやっぱ天才だよね。さすがはPrid'sの七緒様だよね。あー、あの台詞、心が折れたわー。挽回したくておまえを食事に誘うまで、頭ん中で何回、いや何百回予行演習したっけ?
「特待生、今日は昼飯も付き合えよ~。読み合わせしたい台本があるんだよ」
「え、え、……うん、私なんかで良ければ、喜んで」
 びっくりしながらも、特待生は嬉しそうに笑ってくれた。あとから便乗してきたクラスメイトに、この権利を簡単にとられてたまるもんか。なんでも器用に、そつなくこなすように見えてるらしいけど、俺は天才なんかじゃない。まだ恋とは呼べないけれど、顔には死んでも出さないけど、いつもドキドキさせられてるんだよ。ちょっとくらい察してくれてもいいんじゃないか、特待生?


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