宝石の小枝
09
「お世話になってる演出家さんが芸術監督を務めてる劇場があってね、そこを一日だけ使わせてくれるって」
腕に氷嚢を当てながら椿が呟いた。今のは自分宛ての台詞なのだろうか、特待生は確信が持てないまま椿を見つめて続きを待った。
「金欠なんでしょ。これ以上のハコは見つからないと思うけど」
「…………椿先輩っ!」
特待生は自分の氷嚢を投げ出し、椿の元へ一直線に飛んでいくと勢い余って抱きついた。
「嬉しいです! ありがとうございます椿先輩。あっ、やっぱりミヤ先輩じゃなくて椿先輩って呼んでいいですか? とっても綺麗だから、名前も先輩もすっごく綺麗だからそう呼びたいです!」
「ちょっ、なんでもいいよ、もう呼んでるじゃん。ていうか、あんまりくっつかないでよね」
「プッ。おい特待生、そいつ一応男だからな。聞いてねーな」
こんなに素敵なユニットがグラン・ユーフォリアに参加してくれるなんて、むしろ観客になりたいくらいだ。今だけ重い使命のことを忘れて、うっとりと舞台を見つめる自分を想像する。
「劇場っつってもよ、専属スタッフはいないとこも多いだろ。音響だの、照明だの」
「まあそうですね。というか演目自体決まってないんですから」
「自分たちの手で作るイベント、面白そうじゃねーか」
「うわ、れんくん、おっくれてるー。オレはさいしょからそう思ってた!」
「某も同じくでござる……ん?」
どこからかパタパタと忙しない音が聞こえる。ファッション性を重視してか上履きより外靴を校内用に使っている生徒が多い中、特徴的な――スリッパで駆ける音。勢いよくレッスン室のドアが開け放たれた。
「おい加賀谷! 志朗のやつ見なかったか?」
「青柳か。おい聞いてくれよ、特待生のやつが……」
「悪いがそれどころじゃないんだ!」
絶賛人探し中らしき帝は、血相を変えてレッスン室の入り口から奥までを見渡す。
「お……? そこにいるのは特待生か。我がいとことずいぶん仲良しになったみたいだな」
帝の言葉に、椿の愛らしさを堪能しまくっていた特待生はようやく自分の行いを客観的に見ることができた。「し、失礼しました椿先輩っ!」「気づくのが遅い!」抱きついていた身体を離す。
「あっはは、重畳、重畳!」
カラカラと笑う帝を見て、古めかしい言い回しをするものだなと特待生は思った。しかしその物言いは実に似合っている。緩い着こなしをしていても豪胆な笑い方をしても、艶のある声のせいだろうか、佇まいに品がある。名は体を表すと言うが、たしかに人の上に立つ風格みたいなものさえ感じる。
「おい青柳、さっきまでの形相はなんだよ。何かあったのか」
「いやあ、たいしたことじゃないんだ」
「驚かすな、じゃあなんだよ」
帝は明るい笑みを崩さず言い放った。
「それは……Re:Fly存続の危機だ!」
不思議だ、世界が斜めに倒れていく。薄暗いベールが視界に幾重にも覆いかぶさって、真っ暗になった。
「わーっ、特待生ちゃーん」
「俺は何かしたのか?」
「タフに見えてしおらしいとこもあるんだね」
「気が緩んだんだよ、かわいそうに……」
ゆらゆら。青い海。心地よい。
ずっとここにいたい。大船に乗った気持ち?
青きまどろみに身を委ねていたい。
「お、気がついたか」
いい声だ。でもまだ眠らせてほしい。心地よいまどろみを手放すのが惜しくて、特待生は眉に皺を寄せ思い切り不機嫌な顔をした。目を開いて睨みつけた先には朗らかな笑顔がある。
「へっ……あっ、えっ?」
自分の置かれている状況がにわかには信じがたい。ありえない。特待生は青柳帝に横抱き、いわゆるお姫様抱っこをされている。腕の力だけではなく服越しにもわかる厚い胸板が特待生の全体重を支えるように密着していて、体温と鼓動が伝わってくる。こんなにも他人と密着したのはいつぶりだろうか? そんなことを考える特待生は、つい先ほど自分から椿に抱きついた事実をすっぱり忘れるくらいに動揺していた。
「君が男なら、問答無用で叩き起こすか、寮の部屋まで担ぎ込むんだが。……まあコスパを考えると圧倒的に前者だな」
「こ、この状況はいったい?」
「お前はぶっ倒れたんだよ。糖質制限してたんだってな、それであの運動量。まあ当然だ」
脇を歩く蓮が呆れ返った顔でそう説明してくれた。
「いえいえ流石に今日は炭水化物摂取しまくりましたよ? というか私もう歩けます、下ろしてください!」
下ろしてと言いつつ特待生は自主的に帝の腕をもがき抜け出して着地した。
「歩けるな。っし、そんじゃあお前はRe:Flyに引き渡す。次があんだろ」
着地して初めて気がついたが、帝と蓮の後ろに三人の男子生徒が随行していた。いずれもRe:Flyに所属する夜来立夏、浮間 志朗 、辺見 宙 だ。
「はじめましてだな、特待生。医務室で寝かせようと思っていたんだが……さてどうするかな」
毛虫に似ていなくもないヘアゴムの件は記憶にないらしい立夏と、はじめましてのあいさつを交わす。
「おーっす。オレは浮間志朗。シローでいいよ。特待生ちゃん、シクヨロ!」
「二年の辺見宙だよ。よろしく、特待生。……あ、立夏さん。医務室ですけど、コスモさんの気配がします」
「マジか!」
コスモというのは、ここにいないRe:Fly最後のメンバー天橋 幸弥 のことだろう。何の根拠をもってして気配がするのか特待生にはわからないが、とんとん拍子に次のユニットと交渉が進められるのは願ってもない幸運だ。蓮に感謝を述べて別れ、Re:Flyメンバーが目指す医務室へ同行することにした。そもそもは特待生が医務室に運ばれる予定だったのだが。
「特待生、俺たちに用事があるのは把握済みだぞ。こいつらのパンツの色と同じにな!」
「お前に教えた覚えはないぞ」
「同じく、っすー……」
「グラン・ユーフォリアについてだよね? それなら俺たちは全員揃って決めないと」
特殊な耳栓でもしているのだろうか。宙は帝の変態的発言をスルーして、しかし他のメンバーや特待生との会話を成り立たせる。さも第六感でコスモの気配を感じ取っているかのような発言といい、不思議な少年だ。医務室前に到着すると「やっぱり、いる」と確信した様子でノックしてドアを開けた。
「ふう……荒木先生にハンモックをお借りするつもりだったのですが、かわいい生徒が睡魔に襲われているというのに追い出されてしまいました。彼には人の血が流れているのでしょうか?」
「ええ……コスモさんがそれ言っちゃいます?」
ベッドから上体だけ起こしている男子生徒……男子生徒と呼んでいいのだろうか。宙のことは少年と呼べるが、彼はどうしたって無理だ。気怠げにベッドに座っているだけで、濃密な大人の色香を漂わせる少年がいてたまるものか。たおやかで謎めいた声がマスクを通して異次元の響きを奏でる。
「コスモがベッドに寝そべっとる」
「……ブフッ」
いい声のダジャレと異次元の笑いがこぼれた気がしたが、いまの自分のツッコミ力では持て余す怪奇現象だ。何も聞かなかったことにして特待生はおじぎをした。
「天橋先輩、はじめまして。天音ひかりと申します」
「どうも。お会いできて光栄ですよ。私は天橋幸弥。コスモ、なんてあだ名をちょうだいしてもいます」
「コスモ先輩、とお呼びしてよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
特待生は一旦切れてしまうと相当に口が悪くなることもあるのだが、彼の物腰を耳にしていると、口汚い語彙などすっかり忘れてしまいそうになる。
「グラン・ユーフォリア……かつて宝石が丘のだれもが出演を夢見たという伝説的なイベントだ」
特待生の質問に、コスモが水晶の目で遠く彼方を見やる。占い師が用いる水晶玉の如く、そこには彼の目にだけ映る景色があるかのようだ。
「その仰りようは……全校集会の前からすでにご存知、という認識で合っていますか? 断絶する前の情報が少しでも欲しいんです」
「ええそうですね……いや、やっぱりやめておきます。私の中途半端な知識より昔を知っている先生でもさがしたほうが確かですよ」
「クラウンを筆頭に、選ばれた生徒だけがステージに立てる、という話だったな」
クラウンとは、宝石が丘学園で特に実力を認められたトップクラスの生徒の称号である。選考基準は生徒には明示されておらず、また現在の学園内に存在するクラウンは輝崎千紘のみと聞いている。特待生が調べたのはここまでだ。
「それはそれは、大層なステージだな。当然ギャラはもらえるんだろうな?」
「ミカさん、下衆いです……」
宙が冷えた目で帝を一瞥する。
「ギャラはおいくらをお考えですか?」
「さすがコスモさん、プロがどうあるべきかいつも考えてるんだ」
宙がキラキラした目でコスモに熱視線を送る。辺見先輩はコスモ先輩が絡んだときのみ豹変する、と特待生は脳内情報に追記した。
「ギャラ、ですね。……わかります。Hot-Bloodを見て、これがプロなんだと、身内イベントだからと言って無償で出演いただくのは何か違うかもしれない、って思いはじめていたところです」
「さすがは特待生。世の理を知っているな。そう、賃金なくして話は始まらない!」
特待生としても、帝やコスモの主張を問題発言とは思っていない。しかし、所々で信じがたいものを目にはするがこの学園は金欠状態だ。無い袖は振れぬとなればさてどうしたものか。
「いまの私でも……手っ取り早く稼げる方法……」
「ちょ、待て待て早まるな、落ち着け! そうだな、明後日たからハンバーガーで俺の代わりにバイトしてもらおうか。俺たちは対価として、君の勤務時間分はグラン・ユーフォリアについて話し合うと約束しよう」
深刻な顔で思案する特待生に帝が何を勘違いしたのか見当はついた。そういうことではないのだが、口に出すのも無粋だろう。下校を促す校内放送が聞こえて、医務室談義はお開きとなった。帝とアルバイトの詳細を確認してRe:Flyと別れ、寮に戻る特待生は何か……何かを忘れている。
「――あ、Re:Fly存続の危機って、何だったんだろう?」
腕に氷嚢を当てながら椿が呟いた。今のは自分宛ての台詞なのだろうか、特待生は確信が持てないまま椿を見つめて続きを待った。
「金欠なんでしょ。これ以上のハコは見つからないと思うけど」
「…………椿先輩っ!」
特待生は自分の氷嚢を投げ出し、椿の元へ一直線に飛んでいくと勢い余って抱きついた。
「嬉しいです! ありがとうございます椿先輩。あっ、やっぱりミヤ先輩じゃなくて椿先輩って呼んでいいですか? とっても綺麗だから、名前も先輩もすっごく綺麗だからそう呼びたいです!」
「ちょっ、なんでもいいよ、もう呼んでるじゃん。ていうか、あんまりくっつかないでよね」
「プッ。おい特待生、そいつ一応男だからな。聞いてねーな」
こんなに素敵なユニットがグラン・ユーフォリアに参加してくれるなんて、むしろ観客になりたいくらいだ。今だけ重い使命のことを忘れて、うっとりと舞台を見つめる自分を想像する。
「劇場っつってもよ、専属スタッフはいないとこも多いだろ。音響だの、照明だの」
「まあそうですね。というか演目自体決まってないんですから」
「自分たちの手で作るイベント、面白そうじゃねーか」
「うわ、れんくん、おっくれてるー。オレはさいしょからそう思ってた!」
「某も同じくでござる……ん?」
どこからかパタパタと忙しない音が聞こえる。ファッション性を重視してか上履きより外靴を校内用に使っている生徒が多い中、特徴的な――スリッパで駆ける音。勢いよくレッスン室のドアが開け放たれた。
「おい加賀谷! 志朗のやつ見なかったか?」
「青柳か。おい聞いてくれよ、特待生のやつが……」
「悪いがそれどころじゃないんだ!」
絶賛人探し中らしき帝は、血相を変えてレッスン室の入り口から奥までを見渡す。
「お……? そこにいるのは特待生か。我がいとことずいぶん仲良しになったみたいだな」
帝の言葉に、椿の愛らしさを堪能しまくっていた特待生はようやく自分の行いを客観的に見ることができた。「し、失礼しました椿先輩っ!」「気づくのが遅い!」抱きついていた身体を離す。
「あっはは、重畳、重畳!」
カラカラと笑う帝を見て、古めかしい言い回しをするものだなと特待生は思った。しかしその物言いは実に似合っている。緩い着こなしをしていても豪胆な笑い方をしても、艶のある声のせいだろうか、佇まいに品がある。名は体を表すと言うが、たしかに人の上に立つ風格みたいなものさえ感じる。
「おい青柳、さっきまでの形相はなんだよ。何かあったのか」
「いやあ、たいしたことじゃないんだ」
「驚かすな、じゃあなんだよ」
帝は明るい笑みを崩さず言い放った。
「それは……Re:Fly存続の危機だ!」
不思議だ、世界が斜めに倒れていく。薄暗いベールが視界に幾重にも覆いかぶさって、真っ暗になった。
「わーっ、特待生ちゃーん」
「俺は何かしたのか?」
「タフに見えてしおらしいとこもあるんだね」
「気が緩んだんだよ、かわいそうに……」
ゆらゆら。青い海。心地よい。
ずっとここにいたい。大船に乗った気持ち?
青きまどろみに身を委ねていたい。
「お、気がついたか」
いい声だ。でもまだ眠らせてほしい。心地よいまどろみを手放すのが惜しくて、特待生は眉に皺を寄せ思い切り不機嫌な顔をした。目を開いて睨みつけた先には朗らかな笑顔がある。
「へっ……あっ、えっ?」
自分の置かれている状況がにわかには信じがたい。ありえない。特待生は青柳帝に横抱き、いわゆるお姫様抱っこをされている。腕の力だけではなく服越しにもわかる厚い胸板が特待生の全体重を支えるように密着していて、体温と鼓動が伝わってくる。こんなにも他人と密着したのはいつぶりだろうか? そんなことを考える特待生は、つい先ほど自分から椿に抱きついた事実をすっぱり忘れるくらいに動揺していた。
「君が男なら、問答無用で叩き起こすか、寮の部屋まで担ぎ込むんだが。……まあコスパを考えると圧倒的に前者だな」
「こ、この状況はいったい?」
「お前はぶっ倒れたんだよ。糖質制限してたんだってな、それであの運動量。まあ当然だ」
脇を歩く蓮が呆れ返った顔でそう説明してくれた。
「いえいえ流石に今日は炭水化物摂取しまくりましたよ? というか私もう歩けます、下ろしてください!」
下ろしてと言いつつ特待生は自主的に帝の腕をもがき抜け出して着地した。
「歩けるな。っし、そんじゃあお前はRe:Flyに引き渡す。次があんだろ」
着地して初めて気がついたが、帝と蓮の後ろに三人の男子生徒が随行していた。いずれもRe:Flyに所属する夜来立夏、
「はじめましてだな、特待生。医務室で寝かせようと思っていたんだが……さてどうするかな」
毛虫に似ていなくもないヘアゴムの件は記憶にないらしい立夏と、はじめましてのあいさつを交わす。
「おーっす。オレは浮間志朗。シローでいいよ。特待生ちゃん、シクヨロ!」
「二年の辺見宙だよ。よろしく、特待生。……あ、立夏さん。医務室ですけど、コスモさんの気配がします」
「マジか!」
コスモというのは、ここにいないRe:Fly最後のメンバー
「特待生、俺たちに用事があるのは把握済みだぞ。こいつらのパンツの色と同じにな!」
「お前に教えた覚えはないぞ」
「同じく、っすー……」
「グラン・ユーフォリアについてだよね? それなら俺たちは全員揃って決めないと」
特殊な耳栓でもしているのだろうか。宙は帝の変態的発言をスルーして、しかし他のメンバーや特待生との会話を成り立たせる。さも第六感でコスモの気配を感じ取っているかのような発言といい、不思議な少年だ。医務室前に到着すると「やっぱり、いる」と確信した様子でノックしてドアを開けた。
「ふう……荒木先生にハンモックをお借りするつもりだったのですが、かわいい生徒が睡魔に襲われているというのに追い出されてしまいました。彼には人の血が流れているのでしょうか?」
「ええ……コスモさんがそれ言っちゃいます?」
ベッドから上体だけ起こしている男子生徒……男子生徒と呼んでいいのだろうか。宙のことは少年と呼べるが、彼はどうしたって無理だ。気怠げにベッドに座っているだけで、濃密な大人の色香を漂わせる少年がいてたまるものか。たおやかで謎めいた声がマスクを通して異次元の響きを奏でる。
「コスモがベッドに寝そべっとる」
「……ブフッ」
いい声のダジャレと異次元の笑いがこぼれた気がしたが、いまの自分のツッコミ力では持て余す怪奇現象だ。何も聞かなかったことにして特待生はおじぎをした。
「天橋先輩、はじめまして。天音ひかりと申します」
「どうも。お会いできて光栄ですよ。私は天橋幸弥。コスモ、なんてあだ名をちょうだいしてもいます」
「コスモ先輩、とお呼びしてよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
特待生は一旦切れてしまうと相当に口が悪くなることもあるのだが、彼の物腰を耳にしていると、口汚い語彙などすっかり忘れてしまいそうになる。
「グラン・ユーフォリア……かつて宝石が丘のだれもが出演を夢見たという伝説的なイベントだ」
特待生の質問に、コスモが水晶の目で遠く彼方を見やる。占い師が用いる水晶玉の如く、そこには彼の目にだけ映る景色があるかのようだ。
「その仰りようは……全校集会の前からすでにご存知、という認識で合っていますか? 断絶する前の情報が少しでも欲しいんです」
「ええそうですね……いや、やっぱりやめておきます。私の中途半端な知識より昔を知っている先生でもさがしたほうが確かですよ」
「クラウンを筆頭に、選ばれた生徒だけがステージに立てる、という話だったな」
クラウンとは、宝石が丘学園で特に実力を認められたトップクラスの生徒の称号である。選考基準は生徒には明示されておらず、また現在の学園内に存在するクラウンは輝崎千紘のみと聞いている。特待生が調べたのはここまでだ。
「それはそれは、大層なステージだな。当然ギャラはもらえるんだろうな?」
「ミカさん、下衆いです……」
宙が冷えた目で帝を一瞥する。
「ギャラはおいくらをお考えですか?」
「さすがコスモさん、プロがどうあるべきかいつも考えてるんだ」
宙がキラキラした目でコスモに熱視線を送る。辺見先輩はコスモ先輩が絡んだときのみ豹変する、と特待生は脳内情報に追記した。
「ギャラ、ですね。……わかります。Hot-Bloodを見て、これがプロなんだと、身内イベントだからと言って無償で出演いただくのは何か違うかもしれない、って思いはじめていたところです」
「さすがは特待生。世の理を知っているな。そう、賃金なくして話は始まらない!」
特待生としても、帝やコスモの主張を問題発言とは思っていない。しかし、所々で信じがたいものを目にはするがこの学園は金欠状態だ。無い袖は振れぬとなればさてどうしたものか。
「いまの私でも……手っ取り早く稼げる方法……」
「ちょ、待て待て早まるな、落ち着け! そうだな、明後日たからハンバーガーで俺の代わりにバイトしてもらおうか。俺たちは対価として、君の勤務時間分はグラン・ユーフォリアについて話し合うと約束しよう」
深刻な顔で思案する特待生に帝が何を勘違いしたのか見当はついた。そういうことではないのだが、口に出すのも無粋だろう。下校を促す校内放送が聞こえて、医務室談義はお開きとなった。帝とアルバイトの詳細を確認してRe:Flyと別れ、寮に戻る特待生は何か……何かを忘れている。
「――あ、Re:Fly存続の危機って、何だったんだろう?」
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