宝石の小枝
18
特待生がその日の昼食を食べ終わり、トレイを手に配膳口まで向かっていると、雛瀬碧鳥に呼び止められた。
「特待生さん、今朝はありがとう」
「いえ、一方的な話を投げかけてしまってすみません」
碧鳥の顔は朝よりいくぶん晴れやかになっている。整形だの声帯の手術だの、穏やかならぬ話もしてしまったので、特待生は正直ほっとした。
「お礼というほどでもないんだけど、他のユニットメンバーを紹介させてもらえないかなって。MAISYとはまだ、話していないよね?」
「いいんですか?」
渡りに船とはこのことだ。先日、陽人のトークイベントがあった日に、特待生はめでたくエメ☆カレの参加表明を取り付けた。さらに、ずっと気になっていた美和巴との仲を取り持ってもらえた。その上、天神家の財力を借りてグラン・ユーフォリアのステージ衣装まで用意してもらえることになったので、本当に頭が上がらない。
放課後、碧鳥に連れられてやってきたのはC棟の三○三号室。特待生の暮らす三○七号室のすぐ近くだ。
「はじめまして特待生。俺は光城 新多 。ははっ、全校集会で見てるのにこうやって会うのは初めてなんて、変な感じだな!」
爽やかなタイプの仁王立ちだ。一色葵に同じポーズを取られたら、たぶん秒で逃げ出す。
「はじめまして、光城先輩。天音ひかりです。たしかに、こんなに部屋が近いのにちゃんとお会いするのが初めてって、不思議な感じですね」
「ああ、たぶんそれはね……」
MAISYは週のうち数日は路上ライブをしているらしい。放課後はメンバーで集まって練習をしているかライブをしているかがほとんどなので、学年も違う特待生とはタイミングが合わなかったのだろうと新多は言った。
「おまえも見に来てよ、絶対にワクワクさせてみせるから! あと、俺のことは新多って呼び捨てにしてくれて構わないよ」
「はい、ぜひ! えっとそれでは……新多先輩と呼ばせてください」
学年も人間関係も様々なこの学園では、単純な年齢差で話し方が決まることは少ない。同じクラスの七緒とは初対面からフランクに話せたし、最近は嵐真ともくだけた会話が多い。一方で中等部のあずきには敬語で話しかけたほうがしっくりくる。新多に対してもなんとなく初対面から呼び捨てにするのはためらわれたので、特待生はそのように申し出た。
「うん、いいよ。えっとそれで……おまえがここに来たのって」
「グラン・ユーフォリアの協力要請だよ。そうだよね、特待生さん?」
帯同してくれた碧鳥の言葉に特待生は「はい」と頷いた。路上パフォーマンスを得意とするMAISYは、去年の冬に学園の承認が下りたばかりと聞いている。新鮮さも含めて参加ユニットの色が増えるのはとても楽しみだ。新多の対応を見ても、これまで会ったユニットの中で一番友好的な空気を感じる。特待生は期待を込めて彼の次の言葉を待った。
「いや、それはちょっと待ってほしいんだ……」
新多の目が泳いだ。千紘のようにグラン・ユーフォリアや特待生を厄介事として見ているようではないが、どことなく気まずそうな顔をしている。
「俺の仲間は、まあ、なんていうか……うーん」
「個性的」
またもや碧鳥のフォローが入る。天然物の彼の言葉はたまに容赦なく核心を突く。「……優しくいうと、そうなるかな」と新多が補足を入れた。しかし、個性的と聞いたぐらいでは全く動じない程度には特待生も強くなった。これまでに個性的ではないユニットがあっただろうか、いやない(反語)。思えば遠くまで来たものだ。
「個性的! 素敵です! さすがは宝石が丘公認ユニットですね」
「そ、そう? ……うーん、結局会ってもらうしかないもんなあ。一緒に来てみる?」
「というと、路上ライブですか」
「いや、今日はちょっと違ってて」
「ということは、護 のところ?」
「うん」
疑問符が浮かんだままの特待生に「五人揃って会えるのなら、いいことだよ」と碧鳥が微笑みかける。小銭でいいから財布は持っているかと新多に確認され、あれよあれよと出かけることになってしまった。
「護によろしくね、特待生さんも頑張ってね」
「オッケー!」
「が、がんばりますー?」
碧鳥に手を振られながら、新多と集合場所である噴水前に向かった。MAISYはこれまでのユニットの中で一番、友好的かつ協力的には見える。それだけで御の字なのだから。
「あ? 誰だテメエ」
「おい新多、メスなんか連れてきてんじゃねーよ、噛むぞ」
たしかに個性的だ。のっけからこの台詞を受け止めることになって、特待生は少し前の自分の強がりを後悔した。先に噴水広場で待っていた二人は、いずれもMAISYのメンバーである。犬歯をむき出しに威嚇する彼が神谷 祈 で、小柄なほうの彼は愛澤 心 。
「ごめんね、特待生。悪いやつらじゃないんだ。心が折れそうなの、見ててわかるけどもうちょっとだけ待って」
すでに心がバキバキの特待生は首を折って頷く。
「……優那 くんはまだかな……あ、来た!」
見覚えのあるハーフリムの眼鏡。森重 優那 が急ぎ足でこちらへやって来る。
「わり、出がけに先生に捕まっちまった。あれ? なんでここに特待生ちゃんがいるんだ?」
「優那くん、知り合いなの?」
「入学式でね。たしか廊下でぶつかったんだよな。ああでも、まだ名乗ってなかったな。特待生ちゃん、俺は森重優那」
彼にぶつかったあと複数のユニットメンバーたちと一悶着あり、最終的に放心状態に陥って白雪零にホールまで連れていかれた思い出がよみがえる。特待生は深々と頭を下げた。
「天音ひかりです。その節は大変失礼いたしました」
「え、あ、あま……ええ!? そこにいらっしゃるのは特待生さんではありませんか!」
意図しなかった方角から悲鳴にも似た叫びを受けて、特待生は飛び上がりそうになるほど驚いた。声の主である神谷祈に全員が注目する。特待生は反応に困った。自分は新多に連れられるがまま宝石が丘の制服でここに来た。ふわふわ男の娘の美和巴を除けば、女子の制服を着ている時点で特待生かつ天音ひかりなのである。全校集会は良くも悪くも生徒の印象に残った手応えを感じていたので、認識されていないとすればショックである。もう一つ、なぜ他のメンバーも目が点なのか、である。
「え……ガミ、どうしたの? その、いろいろと……」
「コホン、特待生さん。久しぶりですね。ようこそ宝石が丘へ、また会えて嬉しい」
「あ……こ、光栄です」
先ほどの威嚇が嘘だったかのように紳士的な微笑みをたたえた祈に、特待生は引きつった笑顔で応えた。久しぶりと言われても、入学して以降、特待生は彼と接触した覚えがない。
「そういやこいつ特待生だ。おい神谷、おまえも知り合いか?」
愛澤心もようやく特待生を認識してくれたらしい。特待生自身も疑問に思っていることを心が祈に対して尋ねると、信じがたい答えが返ってきた。
「彼女は俺の中学の同級生だ」
「えっ!」
本日二度目の、祈以外の目が点現象が発生する。「いや、彼女驚いた顔してるけど?」恐る恐る確認する新多へは脇目も振らず、祈は熱っぽい視線でこちらを見つめ続けている。
「無理もないです、きみと俺は同じクラスになったことはなく、共通の知り合いもいない。話したこともなければ目があったのも数えるほど。だが俺は!」
とろけた瞳が突然に強い光を帯びる。まるで壇上に立ったかのように祈は熱弁を振るいはじめた。神谷祈オンステージここに開幕。
「きみに元気がなければ土手で四つ葉のクローバーをさがし、目の下にクマがあればドリームキャッチャーを編み、とっておきのレアストーンでブレスレットをつくって笑顔が戻るまで毎日俺が代わりに身に着けた!」
「やべえじゃん」
優那がほぼ正確に特待生の心中を代弁する。大変なことになってしまった。外見上は立ち尽くして固まる特待生であるが、心の中では猛烈に右往左往している。すると突然、心が祈の脇腹を肘で小突いた。
「おい神谷ぁ! お前、めっちゃピュアピュアでキュンキュンじゃねーかよ! 感動したっつーの!」
「愛澤……!」
「声もかけられねー片想いとかよぉ、やべえ、たまんねーよ」
「愛澤ァ!」
(えっ……えっ……私はどうすれば?)
極度の混乱状態に陥って絶句する特待生を、新多が申し訳なさそうに眺めている。
「優那くん、彼女も護のところに一緒に行っていいかな」
「ああ、なるほど。グラン・ユーフォリアの件か!」
「ごめんな、特待生。こんな感じだけど、着いてこれる?」
(ああ……話が通じる人がここに居たんだ)
少し涙ぐみながら特待生は頷いた。護というのは特待生もなんとなく予感していた通り、MAISYの五人目である黒曜 護 のことだという。しかしユニットメンバーであるからには宝石が丘の生徒のはずなのに、これから一体どこへ行こうというのだろう。
「特待生さん、今朝はありがとう」
「いえ、一方的な話を投げかけてしまってすみません」
碧鳥の顔は朝よりいくぶん晴れやかになっている。整形だの声帯の手術だの、穏やかならぬ話もしてしまったので、特待生は正直ほっとした。
「お礼というほどでもないんだけど、他のユニットメンバーを紹介させてもらえないかなって。MAISYとはまだ、話していないよね?」
「いいんですか?」
渡りに船とはこのことだ。先日、陽人のトークイベントがあった日に、特待生はめでたくエメ☆カレの参加表明を取り付けた。さらに、ずっと気になっていた美和巴との仲を取り持ってもらえた。その上、天神家の財力を借りてグラン・ユーフォリアのステージ衣装まで用意してもらえることになったので、本当に頭が上がらない。
放課後、碧鳥に連れられてやってきたのはC棟の三○三号室。特待生の暮らす三○七号室のすぐ近くだ。
「はじめまして特待生。俺は
爽やかなタイプの仁王立ちだ。一色葵に同じポーズを取られたら、たぶん秒で逃げ出す。
「はじめまして、光城先輩。天音ひかりです。たしかに、こんなに部屋が近いのにちゃんとお会いするのが初めてって、不思議な感じですね」
「ああ、たぶんそれはね……」
MAISYは週のうち数日は路上ライブをしているらしい。放課後はメンバーで集まって練習をしているかライブをしているかがほとんどなので、学年も違う特待生とはタイミングが合わなかったのだろうと新多は言った。
「おまえも見に来てよ、絶対にワクワクさせてみせるから! あと、俺のことは新多って呼び捨てにしてくれて構わないよ」
「はい、ぜひ! えっとそれでは……新多先輩と呼ばせてください」
学年も人間関係も様々なこの学園では、単純な年齢差で話し方が決まることは少ない。同じクラスの七緒とは初対面からフランクに話せたし、最近は嵐真ともくだけた会話が多い。一方で中等部のあずきには敬語で話しかけたほうがしっくりくる。新多に対してもなんとなく初対面から呼び捨てにするのはためらわれたので、特待生はそのように申し出た。
「うん、いいよ。えっとそれで……おまえがここに来たのって」
「グラン・ユーフォリアの協力要請だよ。そうだよね、特待生さん?」
帯同してくれた碧鳥の言葉に特待生は「はい」と頷いた。路上パフォーマンスを得意とするMAISYは、去年の冬に学園の承認が下りたばかりと聞いている。新鮮さも含めて参加ユニットの色が増えるのはとても楽しみだ。新多の対応を見ても、これまで会ったユニットの中で一番友好的な空気を感じる。特待生は期待を込めて彼の次の言葉を待った。
「いや、それはちょっと待ってほしいんだ……」
新多の目が泳いだ。千紘のようにグラン・ユーフォリアや特待生を厄介事として見ているようではないが、どことなく気まずそうな顔をしている。
「俺の仲間は、まあ、なんていうか……うーん」
「個性的」
またもや碧鳥のフォローが入る。天然物の彼の言葉はたまに容赦なく核心を突く。「……優しくいうと、そうなるかな」と新多が補足を入れた。しかし、個性的と聞いたぐらいでは全く動じない程度には特待生も強くなった。これまでに個性的ではないユニットがあっただろうか、いやない(反語)。思えば遠くまで来たものだ。
「個性的! 素敵です! さすがは宝石が丘公認ユニットですね」
「そ、そう? ……うーん、結局会ってもらうしかないもんなあ。一緒に来てみる?」
「というと、路上ライブですか」
「いや、今日はちょっと違ってて」
「ということは、
「うん」
疑問符が浮かんだままの特待生に「五人揃って会えるのなら、いいことだよ」と碧鳥が微笑みかける。小銭でいいから財布は持っているかと新多に確認され、あれよあれよと出かけることになってしまった。
「護によろしくね、特待生さんも頑張ってね」
「オッケー!」
「が、がんばりますー?」
碧鳥に手を振られながら、新多と集合場所である噴水前に向かった。MAISYはこれまでのユニットの中で一番、友好的かつ協力的には見える。それだけで御の字なのだから。
「あ? 誰だテメエ」
「おい新多、メスなんか連れてきてんじゃねーよ、噛むぞ」
たしかに個性的だ。のっけからこの台詞を受け止めることになって、特待生は少し前の自分の強がりを後悔した。先に噴水広場で待っていた二人は、いずれもMAISYのメンバーである。犬歯をむき出しに威嚇する彼が
「ごめんね、特待生。悪いやつらじゃないんだ。心が折れそうなの、見ててわかるけどもうちょっとだけ待って」
すでに心がバキバキの特待生は首を折って頷く。
「……
見覚えのあるハーフリムの眼鏡。
「わり、出がけに先生に捕まっちまった。あれ? なんでここに特待生ちゃんがいるんだ?」
「優那くん、知り合いなの?」
「入学式でね。たしか廊下でぶつかったんだよな。ああでも、まだ名乗ってなかったな。特待生ちゃん、俺は森重優那」
彼にぶつかったあと複数のユニットメンバーたちと一悶着あり、最終的に放心状態に陥って白雪零にホールまで連れていかれた思い出がよみがえる。特待生は深々と頭を下げた。
「天音ひかりです。その節は大変失礼いたしました」
「え、あ、あま……ええ!? そこにいらっしゃるのは特待生さんではありませんか!」
意図しなかった方角から悲鳴にも似た叫びを受けて、特待生は飛び上がりそうになるほど驚いた。声の主である神谷祈に全員が注目する。特待生は反応に困った。自分は新多に連れられるがまま宝石が丘の制服でここに来た。ふわふわ男の娘の美和巴を除けば、女子の制服を着ている時点で特待生かつ天音ひかりなのである。全校集会は良くも悪くも生徒の印象に残った手応えを感じていたので、認識されていないとすればショックである。もう一つ、なぜ他のメンバーも目が点なのか、である。
「え……ガミ、どうしたの? その、いろいろと……」
「コホン、特待生さん。久しぶりですね。ようこそ宝石が丘へ、また会えて嬉しい」
「あ……こ、光栄です」
先ほどの威嚇が嘘だったかのように紳士的な微笑みをたたえた祈に、特待生は引きつった笑顔で応えた。久しぶりと言われても、入学して以降、特待生は彼と接触した覚えがない。
「そういやこいつ特待生だ。おい神谷、おまえも知り合いか?」
愛澤心もようやく特待生を認識してくれたらしい。特待生自身も疑問に思っていることを心が祈に対して尋ねると、信じがたい答えが返ってきた。
「彼女は俺の中学の同級生だ」
「えっ!」
本日二度目の、祈以外の目が点現象が発生する。「いや、彼女驚いた顔してるけど?」恐る恐る確認する新多へは脇目も振らず、祈は熱っぽい視線でこちらを見つめ続けている。
「無理もないです、きみと俺は同じクラスになったことはなく、共通の知り合いもいない。話したこともなければ目があったのも数えるほど。だが俺は!」
とろけた瞳が突然に強い光を帯びる。まるで壇上に立ったかのように祈は熱弁を振るいはじめた。神谷祈オンステージここに開幕。
「きみに元気がなければ土手で四つ葉のクローバーをさがし、目の下にクマがあればドリームキャッチャーを編み、とっておきのレアストーンでブレスレットをつくって笑顔が戻るまで毎日俺が代わりに身に着けた!」
「やべえじゃん」
優那がほぼ正確に特待生の心中を代弁する。大変なことになってしまった。外見上は立ち尽くして固まる特待生であるが、心の中では猛烈に右往左往している。すると突然、心が祈の脇腹を肘で小突いた。
「おい神谷ぁ! お前、めっちゃピュアピュアでキュンキュンじゃねーかよ! 感動したっつーの!」
「愛澤……!」
「声もかけられねー片想いとかよぉ、やべえ、たまんねーよ」
「愛澤ァ!」
(えっ……えっ……私はどうすれば?)
極度の混乱状態に陥って絶句する特待生を、新多が申し訳なさそうに眺めている。
「優那くん、彼女も護のところに一緒に行っていいかな」
「ああ、なるほど。グラン・ユーフォリアの件か!」
「ごめんな、特待生。こんな感じだけど、着いてこれる?」
(ああ……話が通じる人がここに居たんだ)
少し涙ぐみながら特待生は頷いた。護というのは特待生もなんとなく予感していた通り、MAISYの五人目である
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